
「受験も勉強も教えない教室」として、子育て層から幅広い支持を得ている「探究学舎」。授業のテーマは、宇宙、生命、歴史、芸術など。深淵で、多くの謎と魅力に溢れてはいるものの、公教育では深堀しきれない多様なテーマを探究する授業を展開し、子どもたちの知的好奇心をかき立てつづけています。
そんな同校において、2025年11月、新シリーズ「音楽編」がスタートしました。
今回お話を伺ったのは、本授業の開発をリードした講師の平尾海渡さんです。探究学舎では過去にも「音楽編」を実施しており、今回平尾さんはそのリメイクに挑みました。旧バージョンでは、クラシックを中心に構成されていた「音楽編」ですが、今回の新バージョンの開発において、平尾さんはヒップホップなどのジャンルも取り入れることにしたといいます。
「『音楽は素晴らしい』だけで留まるのではなく、音楽を『世界のリアル』を知るきっかけにしてもらいたい」と語る平尾さん。授業ではヒップホップを入り口に、教育の場ではタブー視されがちな「Fワード」や、人種差別の過酷な歴史にまで踏み込んでいます。
今回は実際の授業を見学させていただいたのち、平尾さんにインタビューを実施。授業に込めた意図と想いをうかがいました。
平尾さんは言います。「子どもたちには『君は君のままでいていいんだ』ということを伝えたい。そして、そのメッセージを伝える手段として、ヒップホップという音楽を選んだ」。
音楽は「芸術」を探究する入り口
——平尾さんが制作を担当された「音楽編」の授業、非常に熱量の高い内容でした。子どもたちの集中力と盛り上がりに驚かされました。
平尾:ありがとうございます!子どもたちが熱中している様子を見ると、私も嬉しくなりますね。

——まずは、探究学舎としてなぜいま「音楽」にフォーカスした授業を制作し、平尾さんがそれをリードすることになったのか、その経緯からお聞かせください。
このプロジェクトが始まった背景には、大きく分けて2つの理由があります。一つは「探究学舎」という会社としてのミッションに関するもの、そしてもう一つは、私自身の個人的なバックグラウンドです。
まず会社の話からさせていただきますと、探究学舎は一貫して「子どもたちの興味関心を広げていくこと」をテーマに掲げています。たとえば宇宙や芸術、あるいはスポーツといったものは、公教育の授業の中にも要素としては入っていますが、いわゆる「お勉強(教科学習)」の枠からは少しずれているものですよね。そうしたテーマの中から、子どもたちが自ら興味を持って、主体的に学ぶための場を作ることを主眼において授業を制作してきました。
そういった授業を通して、子どもたちに伝えたいのは「この世界にあるものはどんなものでも美しく、学ぶ楽しさと価値がある」ということ。そして、そういったメッセージを届けるためには、テーマを適切に細分化して提示する必要があると考えています。「科学」や「芸術」といった大きなテーマは、なかなかとっつきづらいですから。
そのため、「科学」「芸術」「社会」といった大きめのカテゴリーを設定し、それらを細分化した授業を制作してきました。その中で、「芸術」というカテゴリーについて考えたとき、絵画や建築などと同様、「音楽」は非常に大きな探究の入り口になるのではないかと。そういった考えから、会社として過去にも音楽をテーマにした授業を制作しており、今回はそれを現代的な視点でリメイクすることが決まったわけです。

——そういった会社の方針に、「平尾さん自身のバックグラウンド」が重なり、平尾さんが授業制作を担当することになった?
そういうことです。個人的な話をさせていただくと、幼い頃から音楽は身近な存在だったんです。私はクリスチャンで、子どもの頃からずっと教会に通っていました。教会音楽に日常的に触れる中で、自然と音楽の持つ力に魅了されていったんです。
単に音楽そのものを楽しむだけでなく、その裏側にある音楽理論や、曲が生まれた背景にある物語、あるいは作曲家たちがどのような葛藤を経てその音楽をつくったのか、どのようなメッセージを歌詞に込めたのか……。そうした音楽の「裏側」にある技術の体系や歴史、人間ドラマに、小中高時代を通じてずっと興味を持ってきました。
自分自身が音楽から受け取ってきた豊かな体験を、いつか子どもたちにも伝えたいという漠然とした思いを抱きつづけてきたなか、音楽編のリメイクが決まったので「ぜひ僕につくらせてください」と志願したわけです。
今を生きる子どもたちの「一番身近な音楽」から世界の「リアル」を紐解く
——今回の音楽編は全6章構成の授業になっているとうかがっています。クラシック音楽などに触れながら音楽の歴史紐解くような構成になっていますが、本日見学させていただいた第5章では「ヒップホップ」をフューチャーされていました。なぜヒップホップを最後の章に据えたのでしょうか。
大きく分けて3つの理由があります。まず1点目は「今を生きる子どもたちの目線」です。
旧音楽編が制作されたのは約5年前で、その内容はクラシックの世界を探究することがメインでした。もちろん、当時から多様な音楽は存在していましたし、子どもたちもそれらに触れていましたが、そこから5年が経ち、子どもたちが聴く音楽はより多様化しています。
そこで、音楽編をリメイクするにあたり、「どのような音楽を取り上げるか」からフラットに考え直してみようと思ったんです。もちろん、クラシックが持つ歴史的な価値やその壮大な世界に触れてほしいという願いは変わりません。しかし、今の小学生にとって最も身近な音楽は何かと考えた時、ポップスはもちろんのこと、ボカロ、そしてヒップホップといったジャンルは無視できません。
最近では、小学生がフリースタイルバトル(2人のMCが即興でラップを行い、互いのスキルを競い合う)に興じているニュースを目にすることもありますよね。このタイミングであれば、授業にヒップホップ要素を入れることで、さらに子どもたちと音楽の距離を縮められるのではないかと考えました。
——いまの子どもたちの感性に合わせたわけですね。2点目の理由はどのようなものなのでしょうか。
社会課題への接続です。今やヒップホップは世界で最も聴かれている音楽ジャンルの一つだと言われています。では、なぜこれほどまでに多くの人々に支持されているのか。その裏側を掘り下げていくと、音楽そのものの素晴らしさだけではなく、人種問題やさまざまな不条理、ストリートの過酷な現実といった、極めてリアルな社会課題が見えてきます。
ヒップホップを語る上で、奴隷制度まで遡る人種差別の歴史を避けることはできませんし、それは避けるべきではないとも思っています。私たちが授業を通して子どもたちに届けようとしているのは、何も「美しいもの」や「楽しいもの」ばかりではありません。時には、現実の世界にある憤りや葛藤といったものも、包み隠さず届けていきたいという思いがあります。
第1章から第4章までは、音楽の楽しさや美しさにフォーカスしたポジティブな流れですが、第5章では社会の「リアル」を探究するきっかけを提供したいと思いました。社会と密接に繋がっているヒップホップは、現実の問題を提示するための入り口として最適だったんです。

そして、3つ目の理由は私の個人的な経験に関係しています。というのも、私は中学生の頃からヒップホップに限らず洋楽が大好きだったのですが、当時は周りに洋楽を聴いている友達が一人もいなくて、とてもいい新曲が出ても、それを分かち合うことができず、ちょっとさみしい思いをしていたんですよね。何も「洋楽こそが最高だ」と言いたいわけではないのですが、子どもたちに「世の中にはいろんなジャンルの音楽があって、どれを聴いていてもいいんだよ」というメッセージを伝えたかった。
私自身、大学生になってからヒップホップも熱心に聴くようになったのですが、数年前、とあるフェスでケンドリック・ラマーのパフォーマンスを直接体験し、衝撃を受けました。その体験が、今回の授業づくりにつながっています。
「Fワード」も歴史の闇も隠さない「オルタナティブ教育」の挑戦
——ヒップホップ、特にケンドリック・ラマーのようなアーティストは、歌詞にいわゆる「Fワード」なども使っていますよね。公教育においては取り上げることすら避けられる言葉かと思いますが、そこはあえて避けなかったのでしょうか。
確かにFワードであったり、教育的に扱いづらいとされる表現は含まれます。しかし、私たちは公教育を担っているわけではありませんし、そういった存在だからこそ提供できる価値があると考えています。
だからこそ、公教育では取り上げることが難しいセンシティブなテーマや、踏み込んだ表現も避けずに向き合いたい。過去にも、ホロコーストのような非常に重く、残酷な出来事を扱ったことがありますが、その都度「リアル」を届ける姿勢を貫いてきました。
将来、子どもたちが実際にアメリカなどの英語圏に行った時、そこでは日常的にFワードが使われているでしょうし、人種差別的な言葉——たとえばNワード——を耳にすることがあるでしょう。もちろん、そのこと自体は好ましいことではありませんし、そのような言葉も含めた、人種差別はなくなってほしいと思っています。
しかし、残念ながらいま現在そういった言葉が使われているのは事実です。であれば、子どもたちにはその事実を隠すのではなく、「どのような意味の言葉なのか」「どのような歴史的背景を持つ言葉なのか」をしっかりと伝えておくべきだと考えています。「その言葉がどういうものなのかを知っている」ということは、人種差別などの現実の問題に対して、「意識的であること」の一歩でもあり、これからの社会を生きる上で欠かせない、知識という武器にもなるはずですから。
——授業の中にグラフィティなどの要素を取り入れているのも印象的でした。
そうですね。ヒップホップとは、「DJ」「ラップ」「ブレイクダンス」「グラフィティ」の4要素からなるカルチャーの総称です。ですから、授業では音楽以外のグラフィティやブレイキンも取り扱うように設計しました。
グラフィティを体験してもらうアクティビティでは、枠だけが書かれた紙を渡し、そこに自分の想いを自由に描いてもらっているのですが、これが非常に盛り上がります。
——子どもたちは、どのようなことを描くのでしょうか?
まさに子どもたちの「リアル」ですね。「学校のここがムカつく!」と怒りをぶつける中学生もいれば、「美味しいものが食べたい!」と描く小学生もいます。


いきなりケンドリック・ラマーの音楽を聴かせて「この曲の裏には『人種差別』という問題がある」と解説しても、なかなかピンとこないでしょうし、曲づくりの原動力でもあるケンドリック・ラマー自身の怒りも感じにくいと思うんです。だからこそ、グラフィティのアクティビティを通して「最近ムカついたことある?」と問いかけ、個人的な苛立ちや怒りにフォーカスすることから始めます。
ヒップホップアーティストたちは、自分の中にある小さな憤りをヒップホップという音楽へと昇華させました。そして、その音楽がさまざまな人に届き、ときに世界を動かした。そういった流れを追体験してもらうためにも、まずは個人的な感情に向き合ってもらい、それが音楽や世界とつながっていることを感じられる設計にしています。

授業に込めた「君は君のままで大丈夫なんだ」というメッセージ
——実際に授業を受けた子どもたちや、保護者の方々の反応はいかがでしたか。
子どもたちの反応で一番印象的だったのは、ケンドリック・ラマーの『Alright』という楽曲を紹介した時です。
彼の地元であるカリフォルニア州・コンプトンの過酷な状況や、その状況を生んだ社会背景などを説明した上で、曲を流しました。すると、ある子が「……めっちゃリアルじゃん」とつぶやいたんです。これまでにお話してきたような、授業に込めた想いや意図がちゃんと子どもたちの心に届いたんだなと、手応えを感じました。

——今日もそうでしたが、たくさんの親御さんたちが授業を観覧している様子も印象的でした。
そうですね。事前に音楽編の内容をメールで案内した時点で、たくさんの期待のお声をいただきましたし、実際に観覧した方からは「家庭ではなかなか伝えられないテーマや、社会の深い部分に触れさせてくれてよかった」という声をいただいています。
それに、見ていただくだけではなく、時には親御さんに授業に参加してもらうこともあります。以前の授業では、あるお母さんが「毎日の中央線の混雑が嫌だ!」という心の叫びをラップに乗せてくれました(笑)。

——それはすごい(笑)。
授業の中で、簡単な自己紹介ラップのテンプレートを用意したのですが、みなさん驚くほどノリノリでしたね。音楽は特別な誰かのためのものではなく、誰もが持っている「吐き出したい想い」から生まれるものなんだということを、大人も子どもも一緒になって体感できたのかなと思っています。
——最後になりますが、この「音楽編」を通じて、平尾さんが子どもたちに一番伝えたいと考えているのは、どのようなメッセージでしょうか。
音楽編全体を通して伝えたいのは、「音楽は君を自由にする」ということです。
その中でも、ヒップホップを取り上げた章では「3つの自由」について伝えたいと考えています。
一つ目は「表現の『自由』」。自分の現状や想いを語るだけで、それは立派な音楽になる。「音楽とはそもそも自由なものであり、みんなのリアルを叫ぶことも音楽なんだよ」ということが伝わってくれればと思っています。
二つ目は、音楽が持つ「社会を、あるいは誰かを『自由』にする力」です。『Alright』はBLM(Black Lives Matter:アフリカ系アメリカ人コミュニティに端を発する、構造的な人種差別や警察による暴力に抗議する国際的な社会運動)のアンセムとなり、人種差別の是正に向けて人々を勇気づけ、社会を動かす原動力となりました。音楽には世界を変える力があるんだということを、子どもたちには感じてもらいたいです。
そして最後に伝えたいのは、「自分を『自由』にすること」です。これは、「自己肯定」と言い換えてもいいかもしれません。『Alright』では、その曲名の通り「Alright」、つまりは「大丈夫だ」という言葉が何度も何度も繰り返されます。ケンドリック・ラマーは、この曲を通して過酷な状況にさらされ続けているアフリカ系アメリカ人たちに向けて「We gon’ be alright(俺たちは大丈夫)」と語りかけているわけですが、このメッセージは、私が子どもたちに伝えたいメッセージでもあるんです。
ヒップホップは何をやってもいいし、それがどのようなものであれ、リアルな自分をさらけ出すことが認められる「場」だとも言えます。私たちは、探究学舎の教室をそういった場にしたいと思っているんです。授業中に叫んでいたっていいし、寝そべっていたっていい。これまでも、そのような考えで授業をしてきましたし、それはこれからも変わりません。
今後も子どもたちには「君は君のままでAlrightなんだ」ということを、伝えつづけていきたいと思っています。

Interview & Writing : Ryotaro Washio
Photograph : Megumi Suko