洋楽でリアルな「発音」を習得する。「Nipponglish」開発者・湯舟英一が語る、洋楽活用のヒント

「英語の授業で洋楽を扱う」と聞いて、みなさんはどのような光景を思い浮かべるでしょうか。クリスマスシーズンにクリスマスソングを聴いたり、歌詞の和訳を通じて文化的な背景を学んだり……。そんな「補助的」なイメージを持つ方も多いかもしれません。

しかし、東洋大学教授であり、英語教育や英語音声学の第一人者である湯舟英一先生は、「洋楽こそが、ネイティブのリアルな音声を習得するための最強の教材になり得る」と語ります。

なぜこれまでの授業では洋楽が十分に活用されてこなかったのか。そして、最新の研究から見えてきた「学習効果を最大化する楽曲活用のコツ」とは何なのか。日本の英語教育における洋楽活用の歴史から、湯舟さんが提唱する独自のカタカナ表記システム「Nipponglish(ニッポングリッシュ)」を活用した英語学習とその効果まで、たっぷりとお話を伺いました。

Profile

東洋大学 総合情報学部 総合情報学科 教授

湯舟 英一(ゆぶね・えいいち)

専門は英語教育、英語音声学、心理言語学。洋楽を活用した英語学習法や、独自の発音表記システム「ニッポングリッシュ」の研究・開発に従事している。

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60年代から続く「洋楽×英語教育」の歩み

——英語の授業において、洋楽はいつ頃から活用されていたのでしょうか。

詳しい資料が残っているわけではありませんが、一般的に言われているのは1960年代ごろからだと言われています。The Beatles(ザ・ビートルズ)やCARPENTERS(カーペンターズ)が日本でも流行したことで、英語教育の現場でもリスニングのための補助教材として活用されるようになりました。しかし、当時はただ「英語で歌われている音楽を聴きましょう」という形で導入されていたようで、今のように細かく教材化して授業に落とし込んでいたという記述は、どの資料にも見当たりません。

本格的に授業で活用されるようになったのは、1980年代に入ってからです。この時期、「英語とはコミュニケーションをするための言語であり、文法だけを学んでもしょうがない」という風潮が高まりました。とはいえ、この時点でもまだ本格的な教材が揃っていたわけではなく、それは現在も変わっていません。特に中学・高校の授業で使えるような、しっかりとした教材は、私の知る限りいまも存在しません。

——洋楽を活用して英語を学ぶための教材がない?

はい。1990年代の半ばから、大学における英語の授業で用いることを目的とした「ポップスやロックを活用して英語を学ぼう」という方向性の教科書が出はじめてきたんです。私が2022年に共同で実施した調査では、20冊程度の大学生向けの教科書が確認できました。子供向けの英語に親しむためのSong Bookは以前からありましたが、中高生向けの「洋楽を活用した英語教材」はほとんど見かけません。

洋楽を「音声習得」に活用すべき理由

——これまでの洋楽活用に、課題があったとすればそれはどのようなものなのでしょうか。

最大の課題は、その「使われ方」にあります。先ほど、大学生向けには教材が存在したと言いましたが、それらはいずれも歌詞から社会問題を読み取ったり、背景にある文化を理解したりすることに主眼が置かれてきました。

もちろんそれも大切なのですが、私が一番重視しているのは「音声」としての活用です。洋楽には、ネイティブスピーカーたちのリアルな声が入っているわけですよね。これを音声習得に活かさない手はありません。

——なるほど。では、洋楽を英語教育に使おうという発想は60年代から存在し、特に90年代半ばからは大学生向けの教材が出版されていたものの、音声習得というよりも、「異文化や社会問題を知ること」に主眼が置かれていた。

そういうことです。言語にはたくさんの側面があります。発音を含む音声、意味、文法などが挙げられますが、やはり英語は言葉、つまりコミュニケーションツールなので正しい「音声」を学ぶことが重要だと思っています。どれだけ単語を勉強しても、文法が正しくても、正しい発音でなければ言葉としては通じませんから。

もちろん既存の教科書にも、教科書の内容をネイティブの方々が読み上げた音声データなどが付属していますが、実はこれにも多少の問題があります。というのも、音声を収録するためにネイティブスピーカーを雇っているわけですが、彼らも仕事として書かれた文章を読み上げているので、日常のリアルな発音とは少し違って、よくよく聞いてみると、音声教材としては不十分だと言わざるを得ないものもあります。

一方で、洋楽はとてもリアルな「音」になっています。TAYLOR SWIFT(テイラー・スウィフト)やAriana Grande (アリアナ・グランデ)など、英語圏で生まれたトップアーティストの、リアルな声、発音、あるいは感情表現までもが楽します。そんなアーティストたちの歌声を鑑賞し、それを真似ること。これが音声学習において非常に大きな意味を持ちます。また、歌詞を通じてネイティブが日常的に使う言い回しを自然に覚えられるというメリットもありますね。

——日常的な会話の音声を聞くこととは、異なる効果が得られるのでしょうか。

音楽には、当然メロディーがありますよね。キャッチーなメロディーは歌詞、つまりは英単語や熟語を記憶させるための強力な装置になります。メロディーがあるからこそ、言葉がセットで記憶に残るんです。

以前、教育学部の学生たちに洋楽の暗唱大会をやってもらったことがあるのですが、多くの学生は「暗唱」と言いつつ、つい「歌唱」してしまっていました。メロディーとリズムが言葉と一体化しているため、メロディーを切り離して言葉だけを暗唱しようとしても難しいんですね。でも、これは裏を返せば、メロディーを持った洋楽が単語や表現を定着させるための優れた装置であることの証明でもあるわけです。

教育現場が抱える「教え方」と「カリキュラム」の壁

——これほどメリットがあるのに、学校現場では「英語に親しむために、授業の最初か最後に洋楽を歌ってみる」程度の使い方に留まっている印象があるのですが。

そうですね。よく指摘されているのは「授業のどのタイミングで、どう導入すればいいのかわからない」と悩んでいる先生が多い、ということ。音楽好きな先生であれば、英詞と日本語訳を書いた自作のプリントを作って熱心に指導されますが、洋楽を活用した英語指導の方法やノウハウがどこにもまとめられていないため、よほど熱心な方以外は「洋楽を活用したい」と思っても、その活用方法がわからないわけですね。

——具体的な指導法が確立されていない?

既存の教科書には、洋楽を活用して英語4技能(リスニング、スピーキング、リーディング、ライティング)を成長させるための具体的なタスクが載っていないんですよね。せいぜい「歌詞と和訳が載っているだけ」というレベルです。学習指導要領に準拠しながら、洋楽を活用して4技能を成長させるための具体的なタスクを記した検定済教科書が存在すれば、状況は変わるかもしれませんが、現在のところそういったものはないんです。

というのも、そもそも現在の学習指導要領には「洋楽を活用した学習」という項目は存在しないので、文科省の教科書審査を通過するために洋楽は取り扱う必要はないし、現場の先生方としてもわざわざ歌を取り入れる必要性を感じにくい環境にあります。小学校3・4年の「外国語活動」では歌やゲームが中心になっていますが、「教科」化される5・6年になると、検定済教科書を使わなければならないので、洋楽が入り込む余地が少なくなってしまうわけですね。そして、それは中学校、高校においても同じことが言えます。

学習効果を最大化する楽曲選びと導入のコツ


——そのような状況の中で、湯舟さんは大学生向けの授業の中で積極的に洋楽を活用してきたかと思います。活用する楽曲選びのポイントなどはありますか?

「こういった特徴を持った楽曲であれば、学習効果が向上する」といったことは言えませんが、授業で使用される頻度の高い楽曲の特徴はわかっています。2022年頃に調査した結果、授業で使用されている楽曲のBPMの平均が103。つまり、BPM100前後の曲が授業での使用に適していると考えられているのではないかと。

先ほど、1990年代中盤から大学生向けの「洋楽を活用した英語学習」を謳う教科書が増えたというお話をしました。95年から現在までの約30年の間に発売された、大学生向けの教科書の中で使用されている楽曲を調査したところ、AEROSMITH(エアロ・スミス)の「I Don’t Want to Miss a Thing」、Backstreet Boys(バックストリート・ボーイズ)の「I Want It That Way」、STEVIE WONDER(スティービー・ワンダー)の「I Just Called to Say I Love You」、そしてCARPENTERSの「Yesterday Once More」が最も多くの教科書に掲載されていることがわかっています(参考:中田ひとみ, 藤本淳史, 湯舟英一(2022).英語歌の授業活用 ―実践例と選曲における調査と提案―.外国語教育メディア学会関東支部研究紀要(7),55-70.)。

Aerosmith – I Don’t Want to Miss a Thing (Official HD Video)

曲の年代については、若い世代に聞いてもらうからといって、最新のヒットソングを選ぶ必要はないと思っています。ERIC CLAPTON (エリック・クラプトン)でも、U2でも、ABBA(アバ)でも、EAGLES(イーグルス)でも、名曲と呼ばれる曲は今の世代の子たちにも響くんです。

授業の中で活用する曲を選ぶにあたって重要なのは、曲の速さや発売された年代ではなく、教える側の「熱量」だと思っています。

——先生自身の思い入れが重要ということでしょうか。

その通りです。「この曲は絶対に聴かせたい」「次の世代に残さなきゃいけない」と思える楽曲を選び、その背景にある物語を自分の言葉で熱っぽく語ることが、何よりも重要だと思っています。たとえば、ERIC CLAPTONの「Tears In Heaven」を取り上げるなら、「最愛の息子が4歳で亡くなってしまったとき、クラプトンは悲しみのあまり外に出ることすらできなくなってしまい、失意のなかその死を悼んで書いたこの曲が、彼の音楽キャリアの代表作になったんだよ」といったエピソードを添えると、生徒の興味は一気に高まります。

Eric Clapton – Tears In Heaven [Unplugged…Over 30 Years Later] (Official Live Video)

また、私は必ず映像を一緒に提示するようにしています。ライブ映像ならではの迫力や視覚情報に触れることで、学生たちは一層曲にのめり込んでくれる。そうすると、自発的にアーティストの情報や関連する曲を調べ始める、といった学習の広がりも期待できるんです。

さらには、授業内容とリンクさせることも重要です。「今日は仮定法を学んだから、仮定法が含まれる曲を聴こう」とか、「wannaやgonnaといった音の連結を練習したから、それが入っている曲で確認しよう」というように、何かしら理屈をつけて授業内容と歌詞をリンクさせると、学習効果の向上が期待できるでしょう。

新発想の表記システム「Nipponglish」が、「発音」を変える

——湯舟さんは教材の開発なども手掛けられていると思いますが、いま特に力を入れているのはどのようなことなのでしょうか。

「Nipponglish(ニッポングリッシュ)」の更なる普及です。これは、英語の発音を日本人が視覚的に理解しやすくするための、独自のカタカナ・システムです。私たちが普段使っている「カタカナ英語」とは根本的に異なるものです。

「カタカナ英語」とは単語のカタカナ読みを文につなげただけの表記や発音ですが、Nipponglish なら、チャンク単位の音が流暢にネイティブライクにつながります。例えば、下の check it out はカタカナ英語では チェック イット アウト となりますが、Nipponglish では、ェキウ となり、音がネイティブライクになり、文字数も減っています。
また、英語特有のイントネーションや、リエゾン(音の連結)、エリジョン(音の脱落)といった音声現象を考慮し、音のまとまりを視覚化しているのが特徴です。たとえば、以下のような感じですね。

(画像引用:https://nipponglish.com/

これを使えば、カタカナに慣れ親しんでいる日本人なら、表記通りに読むだけでネイティブに近い発音を再現できるんです。

——具体的には、どのような場面で活用されているのでしょうか。

第一興商さんのカラオケ機器「LIVE DAM WAO!」などに搭載されており、さまざまな洋楽にNipponglishのルビを付けて配信されているんです。つまり、英語に自信がない方でも、メロディーに合わせて画面上に表示されるカタカナを読んでいけば、かなり「それっぽく」歌えるわけですね。

現在、約2,000曲ほどがニッポングリッシュに対応しています。また、DAMシリーズで配信されている曲の一部は、Nipponglishの公式YouTubeでも配信しているので、自宅での練習も可能です。

——Nipponglishを用いることで、どのような効果が期待できるのでしょうか。

以前、大学生と社会人、合計120名ほどを対象に、ニッポングリッシュの英語発音効果向上について、音読と洋楽カラオケ歌唱による実証実験をしたところ、80%以上の方の英語発音評価が向上しました(参考:湯舟英一、井上高志、濱屋宗人(2022).英語カラオケ用カタカナ・ルビの改善と歌唱練習による発音向上の検証.外国語教育メディア学会関東支部研究紀要(4),21-37.)。

大学の授業でも、Nipponglishのルビを使って好きな曲を練習し、最後に歌唱ビデオをアップロードするという課題を出したことがありますが、学生たちがいつにもまして前のめりに取り組んでくれたことが印象的でした。やはりレポートを書くよりも、自分の好きな歌を歌った方が学生たちも楽しいでしょうし、学習効果も期待できると思います。

——「楽しさ」が、そのまま学習の質に直結するのですね。

Nipponglishを活用した歌唱もその一部なのですが、私はEducationとEntertainmentを掛け合わせたEducament(エデュテインメント)が重要だと思っています。学習を楽しいものにする。そこにはゲーミフィケーション(ゲーム要素の活用)の考え方も含まれます。

こうしたエンタメ要素を導入することに抵抗を感じる先生もいらっしゃるかもしれませんが、生徒が学習の対象に興味を持ち、のめり込むことこそが学びの入り口になると思っています。

これからもアプリ開発などを通じて、こうした「楽しく学べる仕組み」をより多くの現場に届けていきたいと考えています。洋楽は、ただの「授業のおまけ」ではありません。正しく活用すれば、日本の英語教育を大きく変える可能性があると思っています。

Interview & Writing : Ryotaro Washio
Photograph : Megumi Suko

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