What is 「グラミー賞」?
世界の“今”を学べる音楽賞

Published :

音楽界で最も権威ある音楽賞、「グラミー賞」。映画界のアカデミー賞や、テレビ界のエミー賞と同じく、賞の名称こそ毎年のように耳に入ってきますが、その全貌や社会的意義は、あまり広く知られていないかもしれません。

用語解説集『What is』では、「洋楽で教育を、おもしろくする」 UM English Lab. が着目したキーワードをわかりやすく解説し、学びのヒントを発掘! 本稿では、“音楽と多様性・社会性”の視点から、この歴史ある音楽の祭典について掘り下げてみたいと思います。

グラミー賞って何?

グラミー賞は、1959年に音楽関係者で構成される非営利団体「ザ・レコーディング・アカデミー」によって設立されました。「The National Academy of Recording Arts and Sciences」の正式名称からも分かるように、同賞では商業的な成功よりも作品の“芸術性”や“社会性”を重要視し、毎年最も優れた作品やアーティストを賞賛しています。

余談ですが、グラミーという名称は、グラモフォン(=蓄音機)に由来します。蓄音機には、トーマス・エジソンが開発した円筒型と、エミール・ベルリナーが開発した円盤型が存在し、賞の創設時には前者に敬意を表した「エディー賞」も候補に挙がったとされています。しかし、組織委員会はグラモフォンが今日のレコードプレーヤーの原型であることから、この名称を選出しました。

近年は“多様性”を焦点に大改革!

そんなグラミー賞ですが、数年前までは何かと批判の対象になってきました。

その最も象徴的な出来事が、「#GrammysSoMale」や「#GrammysSoWhite」に象徴される議論です。

グラミー賞は長年、白人男性アーティストへの偏りや、ヒップホップ、R&B、女性アーティストなどが軽視される傾向にありました。一例として、評論家たちからも絶賛されたケンドリック・ラマーの2ndアルバム『good kid, m.A.A.d city』(2014)が無冠に終わったことや、約100回のノミネートを誇るビヨンセが2025年にしてようやく、初の主要タイトルを受賞したことなどが挙げられます。

そして、2018年に大きな変革期が訪れました。

節目となる第60回開催は、全86部門のうち約70部門を男性アーティストが受賞しており、女性アーティストの軽視が取り沙汰されました。そして、火に油を注ぐかのように、当時のグラミー会長のニール・ポートナウは、女性アーティストに対して「もっと頑張るべきだ」と発言。これにより、アメリカの音楽業界に根付く問題を浮き彫りとする事態に発展したのです。

しかし、グラミー賞はこの騒動を機に賞のあり方を見つめ直し、現代的な音楽賞へと生まれ変わっていきます。

2021年には、選考の不透明性や内部忖度の声の強まりを受けて、秘密の選考委員会を解散。投票権を持つ会員が、ノミネートから最終受賞までを決定できる仕組みに変更。また、新規会員については、有色人種や女性、LGBTQ+、さらには音楽ジャンルにおける平等性が考慮されるなど、民主性や透明性が向上されました。

また、時代錯誤な表現が残るカテゴリー名称も変更し(例:黒人音楽を一括りにする差別的な呼称と批判された”Urban Contemporary”は”Progressive R&B”へ改称)、新ジャンルを追加するなど、グラミー賞は現在の音楽文化の“多様性”を称える賞へとシフトし、今なお世界の声と変化を許容しながら発展を続けています。

音楽は“世界の今を映し出す鏡”に

運営団体「The National Academy of Recording Arts and Sciences」の“Sciences”は、直訳すると“科学”となり、当団体においては音響や制作プロセスをはじめとする技術性に軸足を置いていると思われます。しかし、アカデミックな視点から捉えた場合、この“Sciences”には人間の精神や文化を探求する人文科学や、人間や社会のあり方を研究する社会科学も含まれていると考えることができます。

そして、グラミー賞は先述の大規模改革を機に、人類学や社会学の観点から音楽を見つめ、世界の“今”を映し出す賞へと生まれ変わりました。

そのひとつに、2023年に新設された「ハリー・ベラフォンテ 社会変革のための最優秀楽曲賞(Harry Belafonte Best Song For Social Change Award)」があります。

「ハリー・ベラフォンテ 社会変革のための最優秀楽曲賞」は、ニューヨーク大学の教授と学生が社会問題に焦点を当てた楽曲の増加を示す研究結果を提示して、理事会に提案された特別功労賞です。音楽業界や社会活動に精通したブルーリボン委員会が選考に携わり、社会的課題に関する明確な訴えを示し、世界にポジティブな影響を与えた作品に賞が与えられます。

初代受賞作品は、イラン人歌手シャーヴィン・ハジプールの「Baraye」でした。この楽曲は、22歳のクルド系イラン人女性であるマフサ・アミニが風紀警察に拘束され、後に死亡した事件をきっかけに広がった抗議運動の一環で、イランにおける女性の権利や自由を求める声の象徴となり、わずか2日間で4,000万回以上の再生を記録しました。

Shervin Hajipour – Baraye …

「Baraye」は、ペルシャ語で「◯◯のために」を意味します。歌詞は全て「Baraye」で始まり、ゴミを拾いながら夢見る子供や、普通の生活への憧れ、キスをしながら感じる恐怖、秩序ある経済などを挙げ、市民の人生や体験を代弁し、政権に対する事実上の抗議となりました。

「ハリー・ベラフォンテ 社会変革のための最優秀楽曲賞」の初受賞発表にともない、ザ・レコーディング・アカデミーのCEOを務めるハーベイ・メイソンJr.は、音楽について「地球上で最も強力な力の一つであり、長年にわたって重要な社会的・政治的進歩の原動力となってきました」という印象的なコメントを残しています。

また、数々の史上最年少記録を持つ時代の旗手、ビリー・アイリッシュの受賞もグラミーの多様性を象徴するものと言えます。

2021年の第63回グラミー賞で最優秀レコード賞を受賞した「everything i wanted」は、ビリーが自殺する夢を見たことをキッカケに制作されました。「自分が自殺しても、親友や一緒に働く人でさえ、誰も気にかけてくれなかった」というビリーの発言。これは、どんな名声を得ても、心の孤独や苦悩は解決しないという現代の悩みを投影するようなコメントでした。

グラミー賞受賞![和訳MV] Billie Eilish – everything i wanted / ビリー・アイリッシュ – エヴリシング・アイ・ウォンテッド [公式]

彼女の兄フィニアスとの共同プロデュースにより誕生したこの楽曲は、若年層の鬱や不安、自殺願望、SNS時代におけるプレッシャーなど、現代的な課題と向き合っています。同時に、どんなに有名になっても人間らしい繋がりを求め、リスナーに「苦しんでいるのはあなただけではない」というメッセージを静かに投げかけたことで、多くの共感を集めました。

受賞のスピーチでは、テキサスのフィメールラッパーであるミーガン・ジー・スタリオンの方を向き、「あなたがこの賞にふさわしい。あなたの1年は超えられないほどに素晴らしかった。私がどれだけあなたを愛しているか想像すると、泣きたくなっちゃう。とても美しく、才能に溢れ、全てに値する」と手放しの賛辞を贈った姿も印象的でした。

また、今年のグラミー賞も、ビヨンセの『Cowboy Carter』が1999年のローリン・ヒル以来の「年間最優秀アルバム賞」を受賞した初の黒人女性アーティストとなったほか、ケンドリックが所属する「TDE」のドーチーが「最優秀ラップ・アルバム賞」を受賞する3人目の女性アーティストになるなど、社会的影響力が高く評価される結果となりました。

「ハリー・ベラフォンテ 社会変革のための最優秀楽曲賞」の設立経緯でも言及したように、世界が分岐点に立たされる今、“音楽の声”はどんどん大きくなっています。

出来事ではなく、人々の想いや発言を歴史として記録するのは、教科書でもインターネットでもなく、音楽なのかもしれません。

こうした角度からグラミー賞を観察すると、きっと新たな視点や価値観に出会えるのではないでしょうか。

Writing : Meiji


Related Article

Related Article

Social: