身近なトピックを通して欧米ポップミュージックの醍醐味をわかりやすくガイドする音楽コラム「洋楽で知る世界のいま」。第一回は大反響を呼んだオーディション番組『No No Girls』から生まれたガールグループ、HANAをきっかけにして近年世界の音楽シーンで求められている「強い女性像」を紹介。K-POPから浸透したムーブメント「ガールクラッシュ」からアメリカで活躍する「媚びない」女性アーティストたちまで、その現状を解説する。
ありのままの自分を表現する「ガールクラッシュ」
音楽プロダクション「BMSG」が主催、ラッパーのちゃんみながプロデューサーを務めたガールグループオーディション番組『No No Girls』。昨年10月の配信スタートからSNSを中心に大きな反響を呼んだ通称「ノノガ」は、今年1月11日に最終審査を開催。デビューメンバーに選ばれた7人はガールグループ「HANA」として活動していくことが決定しました。
そのノノガでちゃんみながオーディション参加者に提示したアーティストに求める3つの「No」(No Fake:本物であれ、No Laze:誰よりも一生懸命であれ、No Hate:自分に中指を立てるな)、そしてHANAのプレデビュー曲「Drop」の歌詞(Don’t wanna be perfect, I do not wanna be/価値のないコピーにもなる気はew/1ミリもないbaby 私で立つステージ/気に入らないならok いつでも pay back)などに顕著ですが、ノノガ~HANAが標榜する姿勢はK-POPから生まれたガールグループの潮流「ガールクラッシュ」との親和性の高さを感じさせます。
「Girl」(女の子)と「Crush On」(惚れる)を組み合わせた造語「ガールクラッシュ」は、「女性が憧れるかっこいい女性」の意味。誰にも媚びることなく、ありのままの自分を表現するスタイルを体現するガールグループを指す言葉として使われています。その先駆的存在は、ちゃんみなも影響を認める2009年デビューの2NE1。そして彼女たちの妹分として2016年に登場、まさにガールクラッシュをコンセプトに掲げたBLACKPINK(グループ名は強さや自信を表す「BLACK」とフェミニンで可愛らしい「PINK」の融合)の世界的な活躍によって広く浸透しました。
2022年にデビュー後、3年連続で紅白歌合戦に出場を果たしたLE SSERAFIMもK-POPのガールクラッシュを代表するグループのひとつです。彼女たちの活動方針は「IM FEARLESS」(私は恐れない)をアナグラムにしたグループ名からもうかがえますが、「ANTIFRAGILE」(試練に直面するほど強くなる)や「UNFORGIVEN」(ルールを壊して自分のやり方を貫き通す)など、これまでのシングル曲でも一貫して強い女性のイメージを歌に託しています。
女の子は「スマイル」を教え込まれる
こうしたガールクラッシュ的な女性像が支持されているのは、欧米のポップミュージックにおいても同様です。たとえば、やはりちゃんみながリスペクトしているR&Bシンガーのビヨンセ。彼女はのちのK-POPのガールグループにも絶大な影響を与えたデスティニーズ・チャイルドの一員として1998年にデビューしていますが、当時より「Independent Women Pt. 1」(経済的/精神的に自立した女性を賛美)や「Survivor」(音楽業界の厳しい生存競争に立ち向かう決意表明)などのヒット曲で世の女性たちを鼓舞していました。
そんなビヨンセは2003年のソロデビュー以降もデスティニーズ・チャイルドの路線を継承。「Single Ladies (Put a Ring on It)」(男性に媚びない独身女性に捧ぐ応援歌)や「Run the World (Girls)」(女性の権利拡大を提唱)などは現代を生きる女性たちの讃歌としてすっかり定番化しています。昨年のアメリカ大統領選挙で民主党候補のカマラ・ハリスがビヨンセの「Freedom」をテーマ曲に使っていたのは、キャリアを通して女性を激励し続けてきた彼女の功績に基づくものともいえるでしょう。
Z世代のアーティストでは、2019年に弱冠17歳でアメリカのアルバム/シングル両チャートを制したビリー・アイリッシュもデビュー当時より「媚びない」スタンスを明確に打ち出しています。彼女が最初にリリースしたEPのタイトルは、その名も『dont smile at me』(私に笑いかけないで)。この題名について、ビリーはリリース当時こんなコメントを残しています。
「女の子はみんな、子供のころから『ほら、笑って。どうして笑わないの? 笑ったほうがもっと素敵なのに』って言われる。『スマイル』を教え込まれるんだ。『ハッピーじゃなきゃダメ。私は楽しいって顔しなくちゃ!』ってね。私は自分のことを自分以外の誰かに見せかける気はない。見せたいのは本当の私自身だけだから」
欧米のポップミュージックにおいて、こうした強い女性/媚びない女性を題材にした作品は無数に存在します。2016年のアメリカ大統領選挙に出馬したヒラリー・クリントンがテーマソングに起用したケイティ・ペリーの「Roar」(ライオンのように勇ましく吠えて抑圧と戦う)。昨年に海外女性アーティスト初の東京ドーム4連続公演を実現したテイラー・スウィフトの「The Man」(男社会に対する不満と反発)。主演を務めた映画『ウィキッド ふたりの魔女』が公開中のアリアナ・グランデ「yes, and?」(他人の意見は気にしない、炎上したって私らしい生き方を貫き通す)。これらの曲はすべて、現地でミリオンセールスを超える大ヒットを記録しています。
近年欧米のポップミュージックで強い女性像を求める歌が増えている背景としては、2017年に台頭した「#MeToo」運動(セクシャルハラスメントの被害者が自身の経験を告白/共有する国際的な運動)の拡大が少なからぬ影響を及ぼしているのはまちがいありません。そして、この風潮は世界最大規模の音楽の祭典、グラミー賞の昨年開催の第66回授賞式で主要4部門――最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀アルバム賞、最優秀新人賞――を女性アーティストが独占した快挙の呼び水になっているとも考えます。媚びない女性を讃える歌は、もはや時代の声になったと言っていいでしょう。
Profile
音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。
高橋芳朗/Yoshiaki Takahashi
東京都出身。
著書は『マーベル・シネマティック・ユニバース音楽考~映画から聴こえるポップミュージックの意味』『新しい出会いなんて期待できないんだから、誰かの恋観てリハビリするしかない~愛と教養のラブコメ映画講座』『ディス・イズ・アメリカ~「トランプ時代」のポップミュージック』『KING OF STAGE~ライムスターのライブ哲学』『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』『生活が踊る歌~TBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」音楽コラム傑作選』など。TBSラジオでの出演/選曲は『ジェーン・スー 生活は踊る』『金曜ボイスログ』『アフター6ジャンクション2』など。Eテレ『星野源のおんがくこうろん』ではパペット「ヨシかいせついん」として出演。