洋楽を聴くことで
世界が広がる。
価値観の違いを超える
新しい洋楽入門。

洋楽に触れることで新しい世界に触れ、幅広い視点を持ってほしいという想いのもとローンチされた「UM English Lab.」。今回はそのなかで連載コラムを担当する音楽ジャーナリストの高橋芳朗さんとユニバーサル ミュージックの洋楽マーケティング担当・寺嶋真悟さんの対談をお届けします。おふたりのパーソナルヒストリーから昨今のアーティスト事情まで、洋楽に対する熱い想いをたっぷりと語ってくれました。

人生の奥深さを教えてくれる洋楽をもっと身近に感じ、もっと深く知ってほしい


——今回は連載スタート前の特別編として公開される高橋さんと寺嶋さんの対談になります。まず、おふたりの関係性について教えてください。

寺嶋:もう十数年の付き合いになりますが、どっぷり仕事をしていたというよりはラジオでお会いしたりですよね。たしか2015年にアメリカで伝記映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』が大ヒットを記録したギャングスタ・ラッパーのグループ、N.W.A関連のお仕事でご一緒したのがいちばん最初だと思います。

高橋:そうかもしれませんね。確かお互いが出演しているラジオ番組を通じて接点が生まれたように記憶しています。メールのやり取りはありましたがお会いするのは数年ぶりです。

——さて、このほどローンチされた「UM English Lab.」で高橋さんはコラムを担当されますが、お話を聞いたときの感想は?

高橋:洋楽離れが叫ばれて久しいですが、その新たな接点を生み出す可能性を秘めた非常に興味深いプロジェクトだと思いました。

寺嶋:やっぱり若い人に洋楽をもっと聞いてほしいですよね。特に最近だとK-POPや邦楽をストリーミングサービスで聴く人が増えているので、それだけじゃなくて、“洋楽もいいんだよ”というのを伝えていきたいです。

高橋:僕の娘は現在小学5年生ですが、以前に音楽の授業の教材で歴史的チャリティプロジェクト、USAフォー・アフリカの「We Are The World」(1985年)が使われていたことがありました。気に入って家でもよく口ずさんでいましたが、この曲がどういう経緯から生まれた曲なのか、そこまではなかなか授業で伝えきれないと思うんですよ。

寺嶋:そう、まさに「UM English Lab.」で伝えていきたいことのひとつがそれで。英語の授業ではもちろん文法とか単語とか覚えなくちゃいけないことはあるんですけど、アイスブレイク的に「この曲ってなんのことを歌っていると思う?」っていう問いかけをしていくだけでも生徒たちの興味を惹くと思うんです。

高橋さんにお願いするコラムのなかでも、その知識を過去のものから最新のものまでTIPS的に書いていただいて、それを英語の教員の方々に教材として使ってもらうことも視野に入れています。授業内で耳馴染みのある洋楽の曲を一緒に歌えば、より英語が楽しくなりそうですよね。

高橋:僕が小中学生の頃も音楽や英語の授業でビートルズやスティーヴィー・ワンダーの曲が使われていましたが、扱う曲をアップデートしつつ、その楽曲が生まれた社会的/文化的背景も併せて伝えることができたらうれしいですね。選ぶ曲次第では、いま世界でなにが起こっているのか、その一端を知る格好の題材にもなると思いますから。

若い世代の洋楽への取っ掛かりとしては、K-POPを媒介にしていくのも有効だと思っています。ここ数年はBTSやBLACKPINKの成功を足がかりにしてK-POP勢が欧米のチャートを席巻していますが、彼らは現地のポップミュージックのトレンドの取り入れ方がとにかくうまい。その結果、K-POPを洋楽視点から語りやすい状況が生まれています。そして、欧米のアーティストにとってもアジアのマーケットが無視できないものになってきていますよね。昨今のK-POP勢と欧米アーティストのコラボの急増が洋楽に触れる新しいきっかけになるといいのですが。

——では、サブスクが当たり前のいま、若い世代の音楽に対する価値観にどんな変化があったと思いますか?

高橋:彼らにとっては最も手軽に触れることができるカルチャーなのかもしれないですね。

——いちばん“手軽なカルチャー”。確かにそうかもしれないですね。

高橋:いまの気分にフィットするものであれば国籍も言語も関係ない、というシンプルな聴き方になっている印象は受けますね。先ほども話した僕の娘は最新のK-POPを夢中になって聴いていますが、YouTubeやサブスクで関連作品としておすすめされる洋楽も積極的にチェックしているようです。だから、気がつくと「どこでそんな曲を覚えたの?」とびっくりするような曲を口ずさんでいるようなことも珍しくなくて。TikTokやYouTubeのショート動画を通じて新しい曲と出会うことが多いみたいですね。

洋楽を聴くことによって社会的文化的背景を学ぶことができる


——昔はCDを買うかレンタルしないと聞けなかったですからね。高橋さんが洋楽にのめり込んだきっかけはなんだったんですか?

高橋:小学生高学年のとき、ちょうど学校から帰宅したタイミングでテレビで再放送していた『ザ・モンキーズ・ショー』(1966〜1968年)や『アニメ・ザ・ビートルズ』(1965〜1969年)が大きなきっかけになっています。3歳上の兄が持っていた洋楽のレコードやカセットテープをこっそり借りてきて聴いたりもしていました。

洋楽を本格的に聴きはじめた1980年代はMTVの台頭もあって深夜に洋楽の最新の動向を紹介する音楽番組が結構ありました。デヴィッド・ボウイやデュラン・デュランといった人気アーティストがテレビCMに起用される機会も多く、いまとは比べものにならないぐらい洋楽は身近でしたね。

——小学生ですでに洋楽にのめり込んでいたとはなかなか早熟ですね。寺嶋さんはいかがですか?

寺嶋:高校1年生のときにフラッと軽音楽部に入ったんですけど、先輩から「洋楽聞かないとダメだよ〜」といわれて(笑)。お金がなかったので中古屋に行って、とりあえず名前だけはなんとなく知っていたバンドをさがして、U2『Zooropa』(1993年)、ローリング・ストーンズ『Steel Wheels』(1989年)、エアロスミスのベスト盤『Big Ones』(1994年)の3枚を買いました。

高橋:それは90年代頭くらいですか?

寺嶋:そうですね。最初に『Zooropa』を聴いたんですけど、もう15歳の田舎の男子にはなにもわからないなって(笑)。『Steel Wheels』のブルージーな感じもちょっとハマらなくて。で、『Big Ones』を聴いたらものすごくわかりやすいし、すごくパワフルでかっこいいなとスッと入っていけましたね。そこからロックとかハードロック、ヘヴィメタルを中心に聴くようになりました。

高橋:なるほど。

寺嶋:初めて洋楽に触れてみて、単純にサウンドがかっこいいと思ったんです。でもライナーノーツで歌っている内容を見たら、いままでJ-POPで聴いていたようなものとは全然違う内容を歌っている楽曲もあって、衝撃を受けたのを覚えています。ノリノリで歌っているけどその内容はなんか真面目だなって(笑)。そこから曲の背景を詳しく知りたくなって雑誌でインタビューを読んだりしてどんどん深掘りしていきました。

高橋:僕が洋楽を聴きはじめた1980年代はUSAフォー・アフリカの「We Are The World」やバンド・エイドの「Do They Know It’s Christmas?」(1984年)に代表されるチャリティソングのブームのほか、アメリカとソ連の冷戦を背景にした反戦歌も多く作られていて。それまで歌謡曲を聴いていた身としては、当たり前のように社会的/政治的メッセージソングがヒットしていることに新鮮な驚きがありました。音楽を通して世界の情勢を知ることも多かったと思います。

——おふたりともそこからどっぷり洋楽の沼に…(笑)。

高橋:そうですね。先ほども触れましたが、振り返ってみるとやっぱりミュージックビデオの普及が大きかったと思います。音にビジュアルが加わることによってアーティストが標榜する世界観をより正確に受け取ることができるようになりました。

——では、洋楽を聞きはじめたことでなにか影響を受けたことはありますか?

高橋:曲を聴いて、ミュージックビデオを観て、歌詞対訳を読んで、興味があればさらに音楽雑誌に掲載されているインタビューを読み漁って…そういうことを繰り返し行っているなかでアメリカやイギリスの風土だったり生活様式だったり、地理的/文化的な基礎知識が自然と頭に叩き込まれていったようなところはありますね。これがそれぞれの国の映画を観たり小説を読んだりする際に大きな助けになったりするんですよ。それは現在に至るまでずっと役に立っています。洋楽を聴いてきたことによって見聞が広まったという実感は確実にありますね。

寺嶋:似たような話で、『スリー・ビルボード』(2017年)という映画に出てくるマッチョな男はABBAが大好きなんだけど、地域的に「こういう音楽を聞いている奴はこうだ」みたいな差別意識があったりするのでひとりでしかABBAは聞かない。“好きなものを好きといえない“、そういう抑圧された感情を抱えていたりするんですよね。音楽やアーティストの背景的な部分を知っているからこそ、そういう事情が腑に落ちるというか。

高橋:先日の第67回グラミー賞で最優秀新人賞を受賞したシンガーソングライター、チャペル・ローンは『スリー・ビルボード』の舞台になったアメリカ中西部ミズーリ州の出身ですね。レズビアンであることを公表している彼女は幼いころから保守的な田舎町で息苦しい生活を強いられていましたが、大手レコード会社と契約してロサンゼルスに移住後、ハリウッドの有名なゲイバーを訪れた際に「ここでは自分が本当の自分らしくいられる!」と開眼して自分の進むべき道を確信します。その体験を歌ったのがグラミー賞授賞式で披露した「Pink Pony Club」(2020年)ですが、チャペルの歌からもアメリカの保守的なエリアでクィア女性として生きていくことのリアルが生々しく描かれていますよね。

寺嶋:自分で“ミッドウエストプリンセス”っていっていますよね。

高橋:チャペルが2023年にリリースしたデビューアルバムのタイトルは『The Rise and Fall of Midwest Princess』(中西部のお姫様の興亡)ですからね。性的マイノリティの権利を制限する政策を推し進める現在のアメリカにおいて、彼女の活躍に救われている人は多いと思います。

チャペルはグラミー賞授賞式のレッドカーペットでも「トランスジェンダーガールズたちの存在がなかったら私はここにいなかった。ポップミュージックが皆さんのことを思い、気にかけているということを知っておいてほしい。私はできる限りすべてを尽くし、あらゆる方法でトランスジェンダーコミュニティと共に立ち上がります」とコメントしていました。こうした言動からもよくわかると思いますが、欧米では音楽が常に社会とコミットしていますよね。

——日本ではどちらかというと逆ですよね。

高橋:よく議論になりますが、日本ではミュージシャンが政治的な発言をすると「音楽に政治を持ち込むな」とバッシングされますよね。これが欧米ではまったく逆で、かつてのテイラー・スウィフトのように政治的スタンスを明確にしないと批判を受けることがあります。偉大なジャズシンガーのニーナ・シモンは「いま我々が生きている時代を反映させることはアーティストの責務である」との名言を残していますが、欧米で活動しているミュージシャンにはこうした姿勢が当たり前のものとしてベースにある印象です。

寺嶋:もしかすると洋楽は日本の文化とは全く別の価値観のこともあるので、大きな話ですが相互理解というか価値観の違いを埋めることができるかもしれないですね。

高橋:アメリカでは2015年のブラックライブズマター、2017年の「#MeToo」運動を経て、世界最大規模の音楽の祭典であるグラミー賞も2019年から「多様性と包括性」(Diversity and Inclusion)をテーマに掲げて改革を推し進めています。そんな流れのなかでエンパワーメントやセルフケアのメッセージが重視されるようになりましたが、こうした動きには同時期から本格的に全米進出に乗り出したK-POP勢も足並みを揃えている印象です。

——全世界的にダイバーシティの精神が尊重されるのが当たり前になったというのは素晴らしいことだと感じます。

高橋:そうですね。ここ数年の欧米シーンで顕著な女性アーティストの躍進はこうした背景から生まれたところもあると思います。

——それでは最後に、「UM English Lab.」を見ていただく方々へのメッセージをお願いします。

高橋:ユニバーサルな感覚を養う、という点でポップカルチャーに触れることはとても有益だと思うんです。エンターテインメントを通して「世界のいま」を楽しく知ってもらえたら最高ですね。これまで洋楽に馴染みがなかった方も、普段聴いているようなJ-POPやK-POPが意外な足掛かりになると思うので。すでによく知られた話ですが、Creepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」(2024年)が欧米で大流行したジャージークラブというダンスミュージックを踏まえて作られている、ということを知るだけでも洋楽の距離感がだいぶ変わってくると思うんですよ。

寺嶋:洋楽と邦楽でいうと、昨年、宇多田ヒカルさんがサム・スミスの代表曲「Stay With Me」(2015年)を一緒に歌ったヴァージョンがリリースされたのも話題になりましたよね。

高橋:宇多田さんは海外のプロデューサーやアーティストと積極的にコラボしていますよね。洋楽との接点をわかりやすく打ち出しているJ-POPのアーティストとしては洋楽のカバーアルバムを2タイトル出している藤井風さんがいますが、こんな具合にちょっと踏み込めば洋楽との接点はすぐに見つかりますからね。連載では極力新しい曲を通じてタイムリーなトピックを提供できたらと。あまり堅苦しくなりすぎず、フレキシブルにいろいろな事象を扱っていきたいです。

寺嶋:高橋さんの連載以外にも、メインの取り組みとして英語教師の方に洋楽を使った教材を配布したり、洋楽を使った英語教育に取り組んでいる教授の方々にお話を伺ったり、洋楽とファッションの歴史的、文化的背景を現代的視点で紐解いたり…子どもから大人まで読んで楽しめて、ためになる記事を公開予定です。ぜひお楽しみに。

Photography_Kouhei Iizuka
Text_Akiko Maeda
Edit_Shunta Suzuki

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