【洋楽で知る世界のいま】第8回:社会的メッセージを持つクリスマスソング5選

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 身近なトピックを通して海外ポップミュージックの醍醐味をわかりやすくガイドする音楽コラム「洋楽で知る世界のいま」。第8回はユニバーサルミュージックの音源から社会的/政治的メッセージを含んだクリスマスソングを5曲厳選。そのバックグラウンドや曲に託された意図を紐解き、メッセージの核心に迫る。

01. Stevie Wonder – Someday at Christmas (1966)

 1967年当時のアメリカが抱えていた深刻な問題を背景に生まれた、社会派クリスマスソング。公民権運動が続きベトナム戦争が激化していた1960年代後半、国の分断や差別、貧困が顕在化する中で、この曲は「理想のクリスマス」というかたちを借りて戦争や差別のない未来を強く願うメッセージを発信した。多くのクリスマスソングが家庭的な温かさや恋人同士の幸福を歌っていた時代にあって「Someday at Christmas」は極めて異質な存在感を放ち、現在もプロテストソング(政治的抗議のメッセージを含む曲)的な側面を持つ作品として高く評価されている。

 歌詞は「Someday」(いつの日か)という言葉を軸に、理想の世界のイメージを丁寧に積み重ねていく。戦争が終わり、人々が武器ではなく玩具を手にする日。すべての人が平等に扱われ、涙を流す必要のない社会。飢える子供がいない、恐れから解放された世界ーーこうした未来像は現実の世界がそうではないことを前提に描かれているが、そこには痛切な願いと同時に希望を求める強い意志がみなぎっている。とりわけ「〈その日〉は自分たちの時代には間に合わないかもしれない」と歌うエンディングは、理想と現実の距離を冷静に見つめながらも希望を手放さない態度を象徴する一節だ。また、こうしたテーマはクリスマスが本来持つ「平和・慈愛・博愛」の精神とも深く結びつき、単なる季節の歌にとどまらない普遍性を帯びている。

 この曲は後世にも大きな影響を与え、これまで多くのアーティストによってカバーされてきた。ジャクソン5、パール・ジャム、ジャック・ジョンソン、ジャスティン・ビーバー、リゾなど、世代やジャンルを超えて歌い継がれているのは曲が持つ普遍的な願いが現代にも共感を呼ぶからだろう。特に社会正義や反戦をテーマとするクリスマスソングの先駆けとして位置づけられることが多く、のちの時代に「クリスマスに平和を祈る歌」を作る風潮を生んだ点でも重要だ。もちろん、スティーヴィー・ワンダー自身が以降明確に政治的メッセージを打ち出していく流れの出発点としても意義深い。

 「Someday at Christmas」はただのクリスマスソングではなく、季節の華やかさの裏側にある世界の現実と向き合い、未来に希望を託すための歌だ。戦争や差別がいまだ完全に消えていない現代においてもこの曲が投げかける問いと願いは色あせることなく、むしろ改めて心に響く力を持ち続けている。

02. James Brown – Santa Claus Go Straight to the Ghetto (1968)

 当時のクリスマスソングとしては異例の社会的視点を持った作品で、黒人コミュニティの現実と希望を力強いソウルサウンドに乗せて描いた画期的な作品。1960年代後半のアメリカは公民権運動の高まりの裏で都市部の貧困や人種間格差が深刻化していたが、特に黒人が多く住む地域は「ゲットー」と呼ばれて社会的に周縁化されていた。ジェイムズ・ブラウン自身も貧困の中で育った経験を持ち、音楽活動を通じてコミュニティの子供たちを支援する慈善家としての顔も知られていたが、この曲はそうした彼の人生観と社会意識が凝縮された楽曲といえる。

 歌詞はタイトルの通り、サンタクロースに向かって「真っ先にゲットーに向かってほしい」と語りかける。これは単なる比喩ではなく、社会の中で困窮している子供たちにこそ誰よりも先に希望と温かさが届けられるべきだ、という切実な願いだ。一般的なクリスマスソングが家庭の幸福やロマンティックな情景を歌うのに対し、JBはゲットーの子供たちが抱える不利な状況を隠さず描き、そこにクリスマスの精神を照射する。貧困を悲観的に嘆くのではなく「彼らも愛を受け取る資格がある」という強い肯定の姿勢が貫かれ、彼の歌声は現実への憤りとコミュニティへの深い愛情を帯びている。

 さらにこの曲が特筆されるのは、外部の支援への期待だけでなく自らもサンタの役割を担うという意識が含まれている点だ。JBは後年、実際にクリスマスに子供たちへプレゼントを配る慈善活動を恒例としていたが、その精神はこの曲のメッセージと見事に重なり合う。つまり、曲全体が「社会的弱者へのまなざし」と「コミュニティを支える主体としての自己宣言」の両面を持ち合わせているのだ。

 クリスマスソングに社会問題を持ち込み、祝祭の季節にも忘れてはいけない現実があることを大衆に強く訴えた、JB面目躍如の一曲。黒人コミュニティの歴史と文化を背景に希望と連帯と思いやりを高らかに歌い上げたこの曲は、いまなおホリデーシーズンに街に流れてはその社会的意義と温かいメッセージを新鮮に響かせている。

3. John Lennon & Yoko Ono – Happy Xmas (War Is Over) (1971)

 クリスマスソングの形式を借りながら反戦のメッセージを強烈に訴えた名曲中の名曲。曲の背景にあるのは当時泥沼化していたベトナム戦争、そしてジョン・レノンとオノ・ヨーコが積極的に推し進めていた平和運動。ふたりは1969年に展開した「WAR IS OVER! IF YOU WANT IT」キャンペーンで世界中の都市に巨大なビルボードを掲げて人々の意志こそが戦争を止めるのだとアピールしていたが、この曲はその理念を音楽として結晶化したもので、クリスマスにふさわしい柔らかなアレンジと美しい子供たちのクワイアと共に政治的主張を優しい語り口で届ける。

 曲は「今日はクリスマス。あなたにとってどんな一年だった?」という問いかけから始まる。これは聴き手一人ひとりに、世の中や他者に対してどんな働きかけを行ったかを静かに振り返らせるプロローグの役割を果たす。続いて、弱い者と強い者、貧しい者と豊かな者、黒人と白人、黄色人種といった対比が次々と示され、世界に存在する格差や分断がクリスマスという祝祭の背後に横たわっている現実を浮かび上がらせていく。ジョンは祝福の言葉を述べつつ、それが誰にでも等しく与えられているわけではないことを提示して世界が抱える不均衡を暗に指摘する。

 曲の核心のフレーズ「War is over, if you want it」は、「あなたが望むなら戦争は終わる」という強いメッセージ。これは単なる理想論ではなく、個人の選択が社会を変える原動力である、というジョンの信念が託された言葉だ。クリスマスの穏やかな雰囲気と共に伝えることで激しい抗議ではなく「対話」として反戦を語りかけている点が、この曲の革新性と普遍性を支えている。

 祝祭と現実、願いと責任を同時に示すことにより、リスナーに「どんな一年を過ごし、これから何を選択するのか」を問いかける「Happy Xmas (War Is Over)」。リリースから50年以上を経た現在も毎年クリスマスがやってくるたびにこの曲が流れ続けるのは、ジョンが込めた平和への希望と個人への静かな呼びかけが時代を超えて響き続けているからにほかならない。

 なお、「Happy Xmas (War Is Over)」に着想を得た第96回(2023年)アカデミー賞短編アニメ映画賞受賞作品『WAR IS OVER! Inspired by the Music of John & Yoko』が12月2日よりYouTubeで無料配信されている。この作品は戦争によって分断された兵士たちがチェスというわずかな接点を通して互いの人間性を感じ取る姿を描いた約11分のショートフィルム。敵味方として戦わされている彼らが、本来は出会うことも争う必要もなかった存在であることが静かに示される。美しくも張りつめた映像は戦争の不条理さと個人の無力さを際立たせ、同時に「戦争を終わらせる意思を持つのは私たち自身だ」というジョンとヨーコのメッセージを重みをもって伝えている。

4. Merle Haggard – If We Make it Through December (1973)

 マール・ハガードによる1973年のヒット曲「If We Make It Through December」は、カントリー音楽史の中でも特に異彩を放つクリスマスソングだ。この曲が描くのは祝祭の温かさではなく、冬の厳しさと経済的不安に直面する家族の現実。1970年代初頭のアメリカでは景気後退や失業が大きな社会問題となっており、労働者階級出身で貧困体験を抱えるハガードはそうした時代の空気を鋭い視点で捉えてみせた。彼は華やかなクリスマスから取り残される人々の痛みを淡々と、しかし深い共感をもって描写している。

 歌詞は、工場で解雇された男性の視点から語られる。主人公は収入を失ったことで家族に何もしてやれないという罪悪感を抱え、特に子供に「クリスマスらしい喜び」を届けられないことを心苦しく思っている。「12月を乗り越えられたなら」というタイトルのフレーズは、冬の寒さだけではなく精神的/経済的な重圧の表象として響く。世間が祝福ムードに包まれるほど、彼の孤独と無力感は際立つ。しかしその語り口は決して悲嘆に沈み切るものではなく、自分の置かれた状況を受け入れながらも前へ進もうとする静かな気丈さが感じられる。

 曲の後半では、主人公が西海岸で新しい生活を始めたいという願いが語られる。この「西への希望」はアメリカ文化に根付く伝統的なモチーフであり、困難の先にある新しい可能性を象徴している。厳しい12月の向こうに春が来るように、絶望の中にもかすかな光がある、という希望のイメージが曲全体を優しく支えている。

 一般的なクリスマスソングが家族の団らんや幸福を歌う中、この曲はむしろその陰にいる人々の現実を照らす稀有な作品だ。だからこそ、多くの人が人生の困難に直面したときに寄り添ってくれる歌として愛されてきたのだろう。ハガードの素朴で誠実な歌声は、祝祭の喧騒に馴染めない人々に対し「あなたの孤独は特別ではない」とそっと語りかける。これは厳しい季節を生き抜こうとするすべての人に向けられた、静かで力強いエンパシーの歌なのである。

5. Paul McCartney – Pipes of Peace (1983)

 冷戦下で世界の緊張が続く1980年代、ポール・マッカートニーが「日常の優しさ」から始まる平和を静かに訴えた作品。人々が互いを理解し思いやりを持つことが平和への第一歩になるという、彼が一貫して掲げてきたテーマを提示している。歌詞に政治思想や戦争批判を直接語る表現はないが、「手を取り合う」「家庭に平和が訪れる」といった日常的なイメージを用いながら、世界規模の理想を高らかに歌うのではなく身近な関係性にこそ平和の種子があるという信念が描かれる。説教臭さを避けながら、柔らかなメロディに乗せて「人間同士の歩み寄り」という普遍的テーマを伝えるのがポールらしいアプローチだ。

 そんな曲のメッセージを視覚化したのが、2014年にイギリスのスーパーマーケットチェーン「セインズベリー」がクリスマス広告でモチーフにした有名なミュージックビデオだ。映像で題材にしているのは、第一次世界大戦中の1914年のクリスマスに西部戦線でイギリス兵とドイツ兵が自発的に行った非公式の休戦「クリスマス休戦」。サッチャー時代の英国で分断が深まっていた社会状況と呼応するように、このビデオは「敵兵同士の人間らしさ」を強調する。

 ここでポールはイギリス兵とドイツ兵の二役を演じ、互いの塹壕から歌声が響き合い、両者が恐る恐る塹壕を出て握手する瞬間が丁寧に描かれる。兵士たちは写真や小さな贈り物を交換して束の間の友好が生まれるが、翌朝には砲撃が再開されて休戦はあっけなく終わりを告げる。その別れはあまりに非情だが、相手の残した小箱を見つめる兵士の姿は「敵ではなく同じ人間」という認識が確かに芽生えたことを示唆している。

 「Pipes of Peace」は、この歴史的逸話を通して平和が指導者の決断だけでなく名もなき一人ひとりの行動から生まれるという真理を描き出した。優しい旋律と詩、そしてドラマティックな映像が一体となって、争いのただ中でも人間性が光を放つ瞬間があることを伝えるポールによる「平和の歌」の代表的な一曲だ。

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