【洋楽で知る世界のいま】第5回:元気が出るテイラー・スウィフトのエンパワーメントソング5選

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身近なトピックを通して欧米ポップミュージックの醍醐味をわかりやすくガイドする音楽コラム「洋楽で知る世界のいま」。第5回はニューアルバム『The Life of a Showgirl』のリリースをサプライズで告げたと思ったら、兼ねてから交際していたNFLカンザスシティ・チーフスのトラビス・ケルシーとの婚約を突如発表するなど、相変わらず派手なトピックに事欠かないテイラー・スウィフト。今回はそんなタイミングも踏まえて、彼女の約20年に及ぶ活動から独断と偏見で選んだエンパワーメントソングを5曲ピックアップ。その魅力を歌詞や背景を紐解きながら解説する。2006年にデビューしたテイラーは歴代のボーイフレンドをモデルにした数々のラブソングによって同性からの共感を勝ち取り、時にスキャンダラスな話題を振りまきながら「恋多き歌姫」として名を馳せていったが、2018年のアメリカ中間選挙の際に自身の政治的スタンスを表明したあたりから歌詞で取り上げる題材も徐々に変化してきた印象がある。ここでは彼女のキャリアから時代に偏りが出ないよう満遍ないセレクションを心掛けたつもりだが、デビュー当時からのグッドガール然としたイメージを脱して強大な影響力を持つオピニオンリーダーへと成長していく変遷が伝われば幸いだ。


1. Change (2008)

セカンドアルバム『Fearless』収録。全米シングルチャート最高10位。初出が北京オリンピックのアメリカ代表選手団を応援する目的で制作されたコンピレーション『AT&T Team USA Soundtrack』であったことからもうかがえるが、歌詞の内容は「困難に直面してもあきらめずに立ち向かおう」と聴き手を鼓舞するポジティブな人生の応援歌。テイラーが選挙権を得た2008年のアメリカ大統領選では若者たちに投票を促すキャンペーンに使われたこともあったそうだが(このとき共和党候補のジョン・マケインに大差をつけて勝利した民主党候補のバラク・オバマが掲げたスローガンは奇しくも「Change」だった)、そんな経緯からこの曲を彼女の最初の政治的/社会的メッセージソングに位置付ける言説もある。今年の5月、テイラーはかつて所属していたレーベル「ビッグ・マシーン」が買収されたことによって失ったデビューからの6作のアルバムの原盤権を買い戻したが、この快挙を「私の最大の夢の実現」と表現した彼女のキャリアにおいて「努力を続ければきっと壁は壊せる」と歌う「Change」の存在は従来とはまた違った意味を帯びてくるのではないだろうか。

2. Shake it Off (2014)

5thアルバム『1989』収録。人気アニメーション映画『SING/シング』(2016年)でも印象的に使われた、全米シングルチャートを制したキャリア最大のヒットシングル。テイラーはこの曲をもって活動の軸足を完全にカントリーからポップスへと移行するが、そんな「新しいティラー・スウィフト」を打ち出した曲で彼女があえて題材に選んだのはリスナーやメディアから向けられる批判、中傷、偏見。テイラーは以前にも「Mean」(2010年のアルバム『Speak Now』収録)で世間からのバッシングにリアクションしていたが、被害者意識を前提としていた「Mean」に対して「Shake it Off」ではより成熟した視点を提示。自分を苛立たせるアンチでもユーモアを持って受け流せば心を乱されずにいられるのだ、という余裕綽々な態度を貫いている。テイラーが主張しているのは、他人の言葉に左右されず自分の人生を目一杯楽しむこと。以下の彼女のアドバイスは私たちの実生活に活かすことができるはずだ。「私の人生について外野からあれこれと言われ続けてきました。そんなふうに常に監視されているような状態で生きていると、それに押し潰されるか上手くパンチを交わす術を身につけるか、そのどちらかになります。そして、もしパンチを喰らったとしてもどのように乗り越えればいいかがわかってくる。私の場合は『気にしないで振り払う』(shake it off)ことで対処するようにしています」

3. The Man (2019)

7thアルバム『Lover』収録。全米シングルチャート最高23位。テイラーが自身のキャリアや世間からの扱われ方を振り返りながら「もし自分が男性だったら?」と仮定して書いた強烈なメッセージソング。彼女は曲の着想について「私たち女性はすべてを注意深く準備してこなさなくてはいけません。しかも、それがあたかも偶然うまくいったように見せなくてはいけない。なぜなら、もしミスをしたとしてもすべて私たちの責任になるし、ミスをしないように計画的に行動したとしても『計算高い』と思われてしまうから。音楽の世界は『やっても地獄、やらなくても地獄』という状況です」とコメントしているが、歌詞中ではジェンダーの不平等やダブルスタンダードを指摘すると共に男性優位の権力構造と彼らが持つ社会的特権を痛烈に批判。「これまで必死に走ってきたけど男だったらもっと早くゴールに辿り着けたはず」と問題提起している。テイラーが特殊メイクを駆使して男性に扮し、「有害な男らしさ」的な振る舞いをやり尽くすミュージックビデオも必見。男性がする行動は称賛されるが同じことを女性がすると批判される、という構図をシニカルに映像化している。

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4. Only the Young (2020)

テイラーに密着したNetflixドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』の実質的な主題歌。全米チャート最高50位。セールス的には奮わなかったが、テイラーが初めて本格的に政治的トピックを扱った重要作。ここで彼女は第一次ドナルド・トランプ政権や繰り返される学校での銃乱射事件などに言及しつつ、若者たちに「変化を望むなら政治に関わるべき」と呼びかけている。曲の背景については『ミス・アメリカーナ』の劇中に詳しい。長らく自らの政治的スタンスを明らかにしてこなかったテイラーはアメリカ中間選挙のテネシー州連邦上院選を目前に控えた2018年10月8日、自身のInstagramを通じて男女同一賃金案やVAW法(Violence Against Women Act/女性に対する暴力防止法)に反対する共和党現職のマーシャ・ブラックバーン下院議員の政策を糾弾。若年層を中心に民主党候補のフィル・ブレデセン元テネシー州知事への投票を呼び掛けるが、彼女の熱心なキャンペーンも及ばず11月6日に行われた選挙ではブラックバーンが勝利をおさめることになった。その屈辱をバネにして書き下ろしたテイラー渾身のプロテストソングが「Only The Young」になるわけだが、そんな経緯もあって2020年のアメリカ大統領選の際には民主党のキャンペーンCMに使用されている。

5. I Can Do it with a Broken Heart (2024)

11thアルバム『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』収録。全米シングルチャート最高3位。テイラーは2023年3月17日から2024年12月8日まで、5大陸を股にかけて計149公演を開催した自身のキャリアを集大成するワールドツアー「The Eras Tour」を敢行したが、この曲ではそんな壮大なツアーのスタート直後、約6年にわたって交際していたイギリス人俳優のジョー・アルウィンと別れたときの心情を赤裸々に綴っている。もっとも、タイトル(失恋していても私はできるコ)に示されているようにダンサブルな80年代調シンセポップサウンドに乗せて歌うリリックに悲壮感は皆無。エンターテイナーの「The Show Must Go On」(幕が上がったら何があっても最後まで続けなくてはならない)の精神をユーモアを交えながら力強く歌い上げる内容は、落ち込んだ気持ちを奮い立たせたいときにきっと頼もしい味方になってくれるだろう。「テイラー・スウィフトでいること」は大変なのだ。

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