身近なトピックを通して欧米ポップミュージックの醍醐味をわかりやすくガイドする音楽コラム「洋楽で知る世界のいま」。第4回はユニバーサル・ミュージックの音源から厳選した新旧の反戦ソングの名曲5曲を解説する。「終戦の日」を迎える8月、混乱する世界情勢も踏まえてその真摯なメッセージを噛み締めたい。
6日の広島平和記念日、9日のながさき平和の日、そして15日の終戦の日。日本で暮らしていると8月は自ずと戦争と向き合う機会が多くなるが、近年はロシアのウクライナ侵攻やイスラエル・パレスチナ紛争などで世界が混乱の時代を迎える中、8月を迎えるにあたっての心持ちも微妙に変わってきているのではないだろうか。
そんな状況を踏まえて、今回はユニバーサル ミュージックの音源から反戦のメッセージを込めた洋楽を5曲選んで解説する。20世紀半ば以降、欧米のポップミュージックにおける反戦歌は戦争や軍事介入に対する社会的/政治的な批判の手段として重要な役割を果たしてきたが、これを足がかりにしてその歴史を紐解いてみるのもいいだろう。
01. John Lennon – Give Peace a Chance (1969)
ビートルズのメンバー、ジョン・レノンが1969年に発表したシングル。全英チャート最高2位、全米チャート最高14位。「国境や宗教、物質的所有の概念を超えた世界を想像してみよう」と呼びかける平和運動のアンセム「Imagine」、戦争を頑なに拒絶すると共に体制への不信と抵抗も訴える「I Don’t Want to Be a Soldier」、「War is over, if you want it」(戦争は終わる、あなたが望みさえすれば)と唱えて「戦争を終わらせる力は市民の意志にあるのだ」と能動的なメッセージを投げかけた「Happy Xmas (War Is Over)」(すべて1971年)など、ソロ初期のジョンは反戦のメッセージを込めた楽曲を積極的に歌っていたが、その原点といえるのが彼がソロとしてリリースした初めての曲「Give Peace a Chance」だ。
「Give Peace a Chance」は1969年6月1日、ジョンと彼の妻オノ・ヨーコがモントリオールのクイーンズ・エリザベス・ホテルで行った平和運動「Bed-In」の最終日に同ホテルの1742号室でレコーディング。ジョンがアコースティックギターを演奏するなか、ヨーコ、ティモシー・リアリー(心理学者)、ぺトゥラ・クラーク(歌手)、アレン・ギンズバーグ(詩人)、フィル・スペクター(プロデューサー)などの著名人のほか、「Bed-In」取材で訪れていたジャーナリストたちがコーラスで参加した。
ジョンの反戦メッセージは平易な言葉で綴ったシンプルで明快なものが多いが、延々と「All we are saying is give peace a chance」(僕たちが言いたいことはただひとつだけ、平和にチャンスを与えてほしいんだ)と繰り返す「Give Peace a Chance」はその最たる例だろう。実際、彼はベトナム戦争の反戦デモで歌われることを想定して歌詞を書いたそうだが、その目論見は見事に的中。リリースから現在に至るまで、「Give Peace a Chance」は反戦集会などのスタンダードとして半世紀以上にわたって歌い継がれている。
02. Marvin Gaye – What’s Going On (1971)
ソウルミュージック史屈指の名シンガー、マーヴィン・ゲイが1971年に発表したアルバム『What’s Going On』に収録。全米チャート最高2位。この「What’s Going On」はマーヴィンをはじめ、フォー・トップスのメンバーとして彼と同じ名門レーベル「モータウン」に所属していたレナルド・ベンソン、そしてモータウンの専属ソングライターで数々のヒット曲に携わってきたアル・クリーヴランドの3名による共作になる。カリフォルニアでベトナム戦争の反戦運動に参加していた若者と警官隊との衝突を目の当たりにして歌詞を書き始めたレナルドは、当時のアメリカの社会情勢について意見を交わしていたアルの協力を得て本格的に楽曲の制作に着手。ちょうどベトナム戦争への従軍から帰還した弟フランキーとの対話を通じて混迷するアメリカの行く末を憂いていたマーヴィンが、彼らから持ちかけられた曲に歌詞とメロディ、タイトルを付け加えて完成へと導いた。
ソウルミュージックにジャズやゴスペルの要素を融合した洗練されたサウンドと内省的な歌詞との対比が鮮やかな「What’s Going On」は、マーヴィンの声を何層にも重ねる多重録音の技術を駆使したボーカルが瞑想的な歌世界にさらに深みを与えている。同胞に向けて「いま世界ではいったいなにが起こっているんだ?」という根源的な問いを投げかけつつ、「War is not the answer / For only love can conquer hate」(戦争は答えではない/愛だけが憎しみに打ち勝つことができる)と力強く真っ直ぐな言葉で平和と理解を訴えた内容は、単なる反戦歌を超えた普遍性を獲得。そのメッセージはリリースから50年以上を経た現在もさまざまな社会運動の文脈で有効性を示している。
03. Tears for Fears – Everybody Wants to Rule the World (1985)
イギリスのポップデュオ、ティアーズ・フォー・フィアーズが1985年に発表したアルバム『Songs from the Big Chair』に収録。全米チャート1位、全英チャート最高2位。メンバーが「アメリカでのヒットを狙ってドライブ向きの曲をつくった」と証言しているように、「Everybody Wants to Rule the World」はサウンド的にはシリアスなテーマの曲とは思えない心地よさがあるが、タイトル(「誰もが世界を支配したがっている」の意)からもうかがえる通り歌詞は1980年代当時の冷戦(第二次世界大戦後のアメリカを中心とする西側陣営と現在のロシアを中心とする東側陣営の国際的対立)から着想を得て書かれている。この歌詞について、メンバーは「権力の暴走が引き起こす戦争と悲劇についての歌」と説明。当初のタイトルはより直接的な「Everybody Wants to Go to War」(誰もが戦争に向かわせようとしている)であったことを明かしている。
そんな「Everybody Wants to Rule the World」は発売から36年後の2021年、俳優のロビン・ライトが監督を務めた映画『ランド』の挿入歌として使われたことがきっかけになってアメリカのデジタルソングチャートで1位を獲得。その結果、音楽配信サービスのSpotifyでは「2021年で最も再生された1980年代の曲」に輝いた。こうした状況を受けて、ティアーズ・フォー・フィアーズは2月25日に17年ぶりのアルバム『The Tipping Point』をリリース。そのプロモーションのテレビ出演などでちょうどリバイバルしていた「Everybody Wants to Rule The World」を新曲と併せて披露していたところ、歌詞が同時期に始まったロシアのウクライナ侵攻と符号する点が多いことでさらに注目が高まった。
なお、ティアーズ・フォー・フィアーズが『The Tipping Point』を発表した同日にジャズピアニストのロバート・グラスパーがリリースしたニューアルバム『Black Radio III』には、偶然にも「Everybody Wants to Rule The World」のカバーが収録。「時代に呼ばれた曲」との印象を強めている。
04. Sting – Russians (1985)
ザ・ポリスの一員として知られるイギリスのロックミュージシャン、スティングが1985年に発表した初のソロアルバム『The Dreams of the Blue Turtles』に収録。全米チャート最高16位、全英チャート最高12位。発表年や「ロシア人」を意味するタイトルから察しがつくと思うが、これもティアーズ・フォー・フィアーズの「Everybody Wants to Rule The World」と同様アメリカとロシア(当時のソ連)を中心とする東西冷戦を題材にした曲になる。タイトルからくる印象に反して、ここでスティングはソ連とアメリカの両陣営を批判。さらに「政治の壁を隔てた向こう側とこちら側、国はちがっていても同じ人間なんだ。イデオロギーにかかわらず、どうか僕の話すことを信じてほしい。ロシアの人々だって、我々と同じように子供たちを愛しているんだ」と主張している。
興味深いのは、スティングが「Russians」の制作を決意した経緯だ。彼はコロンビア大学に勤める友人が発明した衛星受信機を通してソ連のテレビで放映されていた子供向け番組を見たことに触発されたと証言。その体験を次のように話している。「冷戦のさなか、ニューヨークのコロンビア大学で研究をしていた友人が北極上空の衛星からソ連のテレビ信号を傍受できるほど高度なコンピュータシステムを持っていました。ある土曜日の夜、私たちはニューヨークでロシアの子供たちのための日曜朝の番組を見ることができました。番組は思慮深くて優しく、私はこの素晴らしい表現を目の当たりにして明白なメッセージを述べる必要があると感じました。ロシアの人々は私たちと同じように子供を愛しているのです、と」
そして、リリースから36年後。スティングは2022年2月のロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けて、3月5日に自身のInstagramに「Russians」を演奏する動画を投稿(のちにチャリティシングルとして配信)。その動機についてもコメントした。「私は、もう長いあいだ『Russians』を歌っていません。なぜなら、この曲のメッセージはもう意味を持たないと思ったからです。しかし、平和的な隣国を侵略するある人物の残忍でひどく間違った選択を考えると、『Russians』のメッセージは再び私たち人類の共通の願いになります。この野蛮な専制政治と闘う勇敢なウクライナの人々、そして逮捕や投獄の脅威にさらされながらも暴挙に抗議する多くのロシアの人々のために、この曲を歌います。私たちすべてが子供たちを愛しています。戦争を止めてください」
ちなみに、「Russians」ではロシアの作曲家セルゲイ・プロコフィエフの組曲「キージェ中尉」第2曲の「ロマンス」を引用している。そんなことからスティングは当初東西間の緊張緩和を目的に自らロシアに赴いてこの曲をレニングラード国立管弦楽団とレコーディングしようと試みたが、残念ながら政治の壁に阻まれて実現には至らなかった。
05. Imagine Dragons – Crushed (2022)
2008年にネバダ州ラスベガスで結成されたロックバンド、イマジン・ドラゴンズが2022年に発表したアルバム『Mercury – Act 1 & 2』に収録。この曲は厳密には反戦歌とはいえないが(メンバーはナサニエル・ホーソーンの小説『緋文字』からの影響を公言している)、ミュージックビデオの登場によって「押しつぶされた」「破砕された」などの意味を持つタイトルの「Crushed」、そして社会からのさまざまな重圧によって自己を擦り減らされていくことの苦悶を綴った歌詞の受け止め方が大きく変わることになった。
イマジン・ドラゴンズはロシアのウクライナ侵攻を受けて2022年7月に立ち上げられた人道支援プロジェクト「UNITED24」のアンバサダーに就任しているが、そんな経緯から彼らは「Crushed」のミュージックビデオをロシア軍によって5ヶ月間占領されたウクライナのムィコラーイウ州で撮影。自宅の地下室に避難してロシア軍の激しい攻撃を生き延びた14歳の少年、サーシャの姿を軸にして荒廃した街の様子を生々しく捉えている。このミュージックビデオでは戦争の現実と戦災者が置かれた苦境を強調すると共に、街の復興への希望も描写。映像の最後には「Sasha and his family hope to rebuild their home. They are still here」(サーシャとその家族は、自分たちの家を再建することを願っている。彼らは今もここにいる)との一文が画面に映し出される。