身近なトピックを通して欧米ポップミュージックの醍醐味をわかりやすくガイドする音楽コラム「洋楽で知る世界のいま」。第3回は毎年6月に行われる「プライド月間」に合わせてLGBTQ+(性的マイノリティ)の権利を啓発する洋楽のメッセージソングを紹介。レディー・ガガ、アリアナ・グランデ、テイラー・スウィフト、ケイティ・ペリー、チャペル・ローンなど、欧米のLGBTQ+コミュニティで人気の高い2010年代以降の代表作5曲の歌詞/背景を解説する。
LGBTQ+について歌うことは何らめずらしいことではない
毎年6月は、1969年6月28日にニューヨークのゲイバー『Stonewall Inn』で起きたゲイ解放運動「ストーンウォールの反乱」に由来するプライド月間(Pride Month)。この期間にはLGBTQ+の権利について啓発を促すイベントやパレードが世界各地で行われる。
ここ日本では、今年で14年目になるアジア最大規模のLGBTQ+イベント「Tokyo Pride」(旧「Tokyo Rainbow Pride」)が完全に定着。さらに大手企業や自治体がLGBTQ+コミュニティを支援する取り組みを積極的に打ち出すようになってきたこともあり、プライド月間への関心は年々高まっている印象だ。
こうした状況と比例するようにして、日本でもLGBTQ+に関連するエンターテインメントの需要が着実に高まりつつある。直近の例では、国内初となる男性同士の恋愛リアリティショーとして昨年大きな話題を集めた『ボーイフレンド』。このNeflixシリーズは、すでにセカンドシーズンの制作が決定している人気ぶりだ。
とはいえ、映画やドラマなどの映像作品と比較するとLGBTQ+を題材にした音楽作品はまだまだ少ないのが実情だ。欧米では有名アーティストがLGBTQ+をテーマにした楽曲を作ることは何らめずらしいことではなく、大きなヒットにつながったケースも無数にある。
ここではその一例として、2010年代以降のユニバーサル ミュージックの音源から代表的な「LGBTQ+アンセム」(LGBTQ+コミュニティの愛唱歌)を5曲ピックアップしてみた。どれも全米チャートでトップ5圏内にランクインした大ヒットシングルばかりだ。
1. Lady Gaga – Born This Way (2011)
2001年のアルバム『Born This Way』収録。全米チャート1位。映画『ザ・ファブル』(2019年)の主題歌やauのCMソングに起用されたこともあって日本でも認知度の高い曲だが、現地でLGBTQ+アンセムとして愛されていることは意外と知られていないかもしれない。「Born This Way」を作った動機について、レディー・ガガは次のようにコメントしている。
「1990年代前半を振り返ると、マドンナ、アン・ヴォーグ、ホイットニー・ヒューストン、TLCのようなアーティストが女性や同性愛者をはじめとする当然の権利を奪われた人々のコミュニティを勇気付ける音楽を作っていた。その歌詞やメロディはとても痛烈で、喜びと発見に満ちていて、崇高なものだった。だから私は『こういう曲が作りたい。こういう曲でこの業界を変えたい』と思った」
さらにガガは歌詞の着想としてゲイの黒人宗教家、カール・ビーンからの影響を公言。タイトルに象徴される曲の表層の印象は「生まれたまま、ありのまま自信をもって堂々と生きていこう」と説く普遍的なエンパワーメントソングだが、その根幹を成すメッセージはLGBTQ+コミュニティに依拠したものであることがよくわかる。こうしたバックグラウンドを踏まえて聴けば、曲の終盤の呼び掛けの受け止め方もまた変わってくるのではないだろうか。
「縮こまらないで自分らしく生きよう。たとえあなたが一文無しでも金持ちでも、黒人でも白人でも黄色人種でもヒスパニックでもレバノン人でも東洋人でも、ゲイでもストレートでもバイセクシャルでもレズビアンでもトランスジェンダーでも、まったく関係ない。いまの自分自身を愛してあげよう」
2. Ariana Grande – Break Free feat. Zedd (2014)
2014年のアルバム『My Everthing』収録。全米チャート最高4位。アリアナ・グランデは 兄のフランキーがゲイであることから性的マイノリティをめぐる不寛容な態度には物心がついたころから敏感で、もともとカトリック教徒だった彼女は同性愛を認めない教義に疑問を抱いて11歳のときにカバラへと改宗している。
「差別行為を目の当たりにすると怒りで体が震えてくる。自分の愛する人たちが、意味のないくだらない理由で苦しめられるのが許せない。彼らを苦しめている人々は、どれだけ器が小さくて無知なのだろうと思う」
ドイツ人プロデューサー/DJのZeddをフィーチャーした「Break Free」は、そんなアリアナがLGBTQ+を支援する活動に本格的に取り組むきっかけになったヒット曲だ。もともとは失恋した女の子が元カレの呪縛から解き放たれていくさまを歌った曲だが、ゲイのエイリアンがキスするシーンを含むスペースオペラ調のミュージックビデオの登場によってLGBTQ+コミュニティ内でアンセム化。「私は以前より強くなった。自由になるときがきたんだ」という歌詞がより広い意味を帯びることになった。
こうした状況を受けて、アリアナは2015年にLGBTQ+の祭典『New York City Pride』にスペシャルゲストとして出演。かつてホイットニー・ヒューストンやシェールなどのレジェンドが歌った栄誉あるステージにおいてLGBTQ+コミュニティの人気曲、チャカ・カーン「I’m Every Woman」(1978年)とマドンナ「Vogue」(1990年)をメドレーで披露して大喝采を浴びている。
3. Taylor Swift – You Need to Calm Down (2019)
2019年のアルバム『Lover』収録。全米チャート最高2位。テイラー・スウィフトは2019年6月1日、プライド月間の初日にテネシー州の共和党上院議員ラマー・アレクサンダー宛にLGBTQ+への差別を禁じる平等法(Equality Act)の支持を求める長文の手紙を送っているが、その2週間後の6月14日に『Lover』の先行シングルとして発表したのが彼女にとって初めての政治的/社会的メッセージソング「You Need to Calm Down」だ。この曲のセカンドヴァースにおいて、テイラーは彼女のコンサート会場でピケッティングをする人々(LGBTQ+コミュニティを支援するテイラーに抗議するため、彼女のライブ会場に集まった人々)を痛烈に批判している。
「あなたは私の知り合いでもなんでもないのにミサイルみたいに私の友達を攻撃する。なぜ怒るの? GLAAD(LGBTQ+の権利を擁護する団体『Gay and Lesbian Alliance Against Defamation』の略称。喜びを意味する「glad」とかけている)になればいいじゃない。太陽の光がパレードの進んで行く通りに降り注ぐ。それなのに暗黒時代のほうがいいとあなたは思うのね。馬鹿げたことはやめて、しっかり気持ちを落ち着けて。平和を取り戻そう。嫌いな相手を片っ端から怒鳴りつけたくる衝動を抑えなくちゃ。不快な顔をしてみせたって、ゲイがゲイでなくなるわけじゃないんだから。ねえ、いい加減ちょっと落ち着いたらどうかな」
テイラーが曲に込めたメッセージについては、ミュージックビデオを見ることでより理解が深まると思う。このMVでテイラーと共にエグゼクティブプロデューサーを務めているのは、2018年に来日公演も行なったYouTuber出身のゲイのエンターテイナー、トドリック・ホール。カメオ出演で国民的トーク番組『エレンの部屋』でホストを務めるエレン・デジェネレスやクイーンの現ボーカリストであるアダム・ランバートなど、LGBTQ+のセレブを大々的にフィーチャーしている。
4. Katy Perry – Firework (2010)
2010年のアルバム『Teenage Dream』収録。全米チャート1位。ケイティ・ペリーは2008年の出世作「I Kissed a Girl」がクィアベイティング(LGBTQ+当事者ではない者があたかも性的マイノリティであることをほのめかすことによって世間の注目を集めようとする行為)にあたると批判を受けているが、「Firework」はその反省を踏まえて作られた痕跡がある(ケイティは後年、「I Kissed a Girl」の性に対するステレオタイプな歌詞をアップデートしたいと語っている)。
先述したレディー・ガガの「Born This Way」同様、「あなたにもまだチャンスはある。心の火花は消えてないでしょ? いまはとにかく点火して。そして燃え立たせよう」と聴き手を鼓舞する「Firework」の歌詞は表面的にはストレートなエンパワーメントソングとの印象を受けるが、サビのフレーズ「あなたは花火。さあ、色とりどりの個性を爆発させなよ」は明らかにLGBTQ+の象徴であるレインボーフラッグを想定したものだろう。実際、ケイティは「Firework」のミュージックビデオをLGBTQ+のティーンエイジャーを支援する団体「It Gets Better Project」に捧げると共に、自殺したゲイの若者たちへのトリビュートとして制作。映像にはゲイの若い男性がキスするシーンが含まれている。
こうした活動が評価されて、ケイティは2017年にアメリカ最大のLGBTQ+人権団体「Human Lights Campaign」より「National Equality Award」(国民の平等賞)を受賞。授賞式のスピーチではこんなコメントを残している。
「LGBTQ+の人々は、私が子供のころに教会から教わったイメージとはまったく違っていました。なにも恐れる必要のない人たちだったのです。彼らは私がこれまで出会ったなかで最も自由で強くて優しく、オープンな人々でした。彼らは私の心を刺激してくれて、喜びに満たしてくれたのです。彼らの存在は、もはやマジックです。自分に正直に生きている彼らは、魔法のような存在なのです。教室やテレビのなかでいちばん大きな声の意見が必ずしも正しいものだとは限りません。真の自分とはいったいなんなのか、それを見つけようとする自分自身のなかにある小さな声こそが本当に信頼できる声なのです」
5. Chappell Roan – Pink Pony Club (2020)
2023年のアルバム『The Rise and Fall of a Midwest Princess』収録。全米チャート最高4位。「Pink Pony Club」はまだチャペル・ローンが本格ブレイクする前、2020年に発表したシングル。当時はまったく話題にならなかったが、最優秀新人賞を受賞した今年の第67回グラミー賞授賞式でパフォームしたことがきっかけになって大ヒットに結びついた。
この曲はアメリカ中西部ミズーリ州で生まれ育ったチャペルがロサンゼルスに移住後、ハリウッドの有名なゲイバー『The Abbey』を訪れた際の体験に基づいている。保守的な田舎町で息苦しい生活を強いられ、レズビアンである自分を受け入れることに苦しんでいた彼女は、『The Abbey』で過ごしたひとときを「自分が本当に自分らしくいられて、誰からも批判されなかった初めての経験」と回想。歌詞にはチャペルが「覚醒」していく様子が生々しく綴られている。
「ここに残ってほしかったんだよね。でも、私はLAで楽しく暮らす夢が忘れられない。特別な場所があると聞いた。そこでは男も女も毎日クイーンになれると。いつも見ているのはテネシーを離れる罪深い夢。サンタモニカが呼んでいる。ほら、本当に聞こえるよ。ママの自慢の娘にはなれない。きっと大騒ぎになる。かわいい娘を見てママはこう叫ぶよね。『神様、なんてこと? あなたはピンクのポニーちゃんなのに、クラブで踊るだなんて』。ねえママ、私は楽しんでいるだけ。ヒールの靴でステージに立って。ここが私の居場所」
今年の第67回グラミー賞授賞式の会場は、『The Abbey』から車で30分程度の距離にあるクリプト・ドットコム・アリーナ。チャペルが最優秀レコード賞など3部門にノミネートされていた「Good Luck, Babe!」ではなく敢えて「Pink Pony Club」を歌ったのは、そんな背景とも無縁ではないのだろう。
Profile
音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。
高橋芳朗/Yoshiaki Takahashi
東京都出身。
著書は『マーベル・シネマティック・ユニバース音楽考~映画から聴こえるポップミュージックの意味』『新しい出会いなんて期待できないんだから、誰かの恋観てリハビリするしかない~愛と教養のラブコメ映画講座』『ディス・イズ・アメリカ~「トランプ時代」のポップミュージック』『KING OF STAGE~ライムスターのライブ哲学』『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』『生活が踊る歌~TBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」音楽コラム傑作選』など。TBSラジオでの出演/選曲は『ジェーン・スー 生活は踊る』『金曜ボイスログ』『アフター6ジャンクション2』など。Eテレ『星野源のおんがくこうろん』ではパペット「ヨシかいせついん」として出演。